1996年2月27日 ポケットモンスター赤・緑

[交換]・[収集]・[対戦]を中心とするまったく新しいRPGが『ポケットモンスター赤・緑』だった。

小学生から火がつき、最終的には全世代を巻き込んだ大ブームに。

ポケモン研究の第一人者・オーキド博士に助けられながら旅を続けていきます。151匹のポケモンのデザインも、多くの人の心をとらえました。

1996年10月15日限定発売1999年10月10日に一般店販売 ポケットモンスター青

当初では限定発売だったソフトですが、「金・銀」発売を記念し、一般店でも販売されました。基本のゲームの流れは「赤・緑」と同じですが、バトルの時のポケモンたちのポーズが微妙に違います。また、図鑑のテキストも「赤・緑」とは違うものです。「青」だけの図鑑、「青」だけのポケモンを楽しめる作品です。

コロコロの懸賞が、まさかの大反響で発売に踏み切ったこの青。出現するポケモンも赤緑と違い、十分に楽しめますよ。

ちなみにハナダのどうくつのマップも違うんですって

1998年9月12日 ポケットモンスターピカチュウ

システムは「赤・緑」と同じですが、最初からピカチュウと一緒に旅ができるのが大きな特徴。野生ではなかなか出会えないピカチュウを、最初の仲間として選べるところが変わっています。旅をする間は、ピカチュウがモンスターボールから出て、主人公の後ろをちょこちょこついて歩くという癒されたい方にもお勧めできます。

発売された理由は、アニメで「僕はゼニガメを選んだが、アニメではヒトカゲだった」と言われないために、

事前に行っていた男女別人気ポケモンランキングで一番得票率の高かった[ピカチュウ]が採用された

だがゲーム内ではピカチュウからはじめられないため、それにあわせるようにゲームも発売されたとか

1999年11月21日 ポケットモンスター 金・銀

ストーリーやアイテムなどが新しくなり、「カントー」とは違う「ジョウト」を舞台となっています。ポケモンたちの数も増え、全部で251匹に。今回はワカバタウンに住む主人公が、世界一のトレーナーをめざして旅に出ます。主人公をサポートするのはオーキドに代わりウツギ博士。新たなライバルも登場し、さらなるドラマが展開されていきます。マップが使いやすくなり、アイテムも増えるなど、RPGとしての完成度もより高まりました。

当時はものすごいことだったんですよ。ここからポケモンが急成長していったのです

2000年12月14日 ポケットモンスタークリスタルバージョン

システムは「金・銀」と同じですが、ポケモンの覚える技が違ったり、スイクンやアンノーンをめぐる新たなナゾも展開されます。また、ポケモン初の「女の子を主人公に選べる」ソフトです。モバイルシステムGBで、ポケモンのタマゴを受け取ることができるなど、ネットワークを使った新しい遊びも体験できました(モバイルアダプタGBのサービスはすでに終了・・・当たり前だがw)。 ポケモンファンならぜひとも揃えておきたいソフトです。

ちなみに私は持ってないんですな^q^

HGSSのあのオープニング曲は、実はクリスタルバージョンという噂

絵は金銀です

ポケモン誕生の話  ~2000年~

ポケモンができる前の話

 

赤緑発売の10年前、任天堂はさまざまなクリエイターたちを集め、[エイプ]という会社を作った。

理由は、当時の任天堂の社長が「今はまだ順調だが、長くは続かないだろう。」という発言からだったらしい。

ちなみに、そのころ[ファミリーコンピューター]が流行ってました

そのエイプに、[田尻 智]さんがポケモンの基礎となる企画を持ち出したらしいです。

田尻さんはエイプの副社長、現在クリーチャーズの[石原 恒和]さんと仲がよく、石原さんに企画を出して、任天堂が開発費をだしたのがきっかけだそうです

ちなみに、田尻さんはゲームフリークに居るとか。

だが、アイデアがあってもまだそれに追いつく技術を持っていなかったのと、田尻さんのもつゲームフリークの仕事があり、  何年か保留にされ、発売6年前あたりに石原さんが開発を再開したそうです。

ちなみに、そのときの田尻さんの試作は、ポケモンが30匹くらいしかいなかったそうです

そして、10年後。赤緑発売。そしてこれが予想を超える大ヒット。

[コロコロコミック]とも連携して、ポケモンが大ブームとなった。

金銀が発売された後のインタビューで、誕生の秘密と今後についてを田尻さんが話していた。

 

 

川口>> ポケモンがヒットした背景にはさまざまな要素があります。運がよかった、というのもそのひとつです。こういうヒットは100年に一度でしょう。ただ、ポケモンで得られた知識やノウハウは、任天堂としても次のソフトで活かせるはずです。これからもこのノウハウをさまざまな場面で活かしていきたいと考えています。

 

(ポケモン誕生秘話大公開!!より)


それから10年。今も愛されるゲームとなっていた。

2012年, 6/28日にポケットモンスターブラック2・ホワイト2も発売され、今やポケモンは世界のゲームとして君臨している。

その背景にはこういった話があるのだった

余談

開発当初はピカチュウは存在していなかった

ポケモンのタイプを決めるとき、[でんきタイプ→かみなり→ピカチュウ]という流れで生み出されたポケモン

案外適当に出来ちゃったのに今やTHE・ポケモンっていう・・・

 

ウソッキーが道をふさぐのは、ウソッキーが生み出されてから

いろいろとポケモンになる前の絵を書いている間に出来たポケモンの1匹、ウソッキー

実はウソッキーっていうポケモンから[道をふさぐ役目という]シナリオを後から考えたらしい

おかげでジムリーダーのアカネのミルタンクに泣かされたりと(ry

 

実は赤・緑・青・ピカとそれぞれセーブ音が違う

増田純一さんの仕掛けたもの、案外おちゃめなんですね

 

赤・緑開発の時点でポケモンの元となる案は200匹いた

すごい努力ですね。最初の予定は、ただのRPGであったため、図鑑完成が目的に変更したとき、あの151匹以外は没になったとか、まぁ。ミュウもそうなんですけどね

 

当初の予定は1つのロムにセーブデータが3つだった

要領の関係で1つだが、仮に3つにするとポケモンにニックネームがつけられなくなるので、あっさり1つにしたらしいです

 

一番最初に考え出されたポケモンはヒトカゲなどでない

[サイドン・ピッピ・ラプラス]などだった。なぜにサイドンwww

実は暮らしに便利なポケモンとして考え出されたらしいです。

例えば、ラプラスは背中に乗せて海を渡れる。ピッピはペットや癒しとして。

サイドンは・・・ジュースミキサー?知らんがな(